いつまで確率論で生きるの?
「将来の選択肢が多いほうを選びました」
それは、分かる。
「確率が高いほうを選びました」
そりゃそうだよね。
じゃあさ、いつまで確率論で生きるの?
大手企業の方が、つぶれない確率が高い。そうだろうね。
年収高い人の方が、家庭運営がスムーズにいく確率が高い。そうだろうね。
若い女性の方が、元気な子どもを産める確率が高い。そうだろうね。
確率が高いほう、選択肢が多いほう。
それを重ね続ける人生。
ずっとずっと、「後で決める」を選ぶ人生。
選んでいるようで、何も選んでいない人生。
一体あなたは
いつになったら決めるのか。
延々と、延々と、「つぶしのきく」道を選び続けるの?
*選んでいるようで、何も選んでいない人生。ずっとそれでいく?
私は思う。
「賭けてもいい。」
そう思える相手を見つけられることが
幸せなんじゃないかって。
潰れてもいい。この社長に賭けたい。この事業に賭けたい。そう思える会社なら、仕事の取り組み方が違う。成長しないはずがない。
無職になってもいい。この人だったら田舎に引っ込んで2人で野菜作ってでも笑って暮らせる。
子どもできなくてもいい。この人と一緒だったら自分はとても価値ある人間なのかもしれないと思える。
そういう相手を見つけることが、すでに幸せであり、すでに成功なんじゃない?
結果なんて見えないけど、
どう転ぶかなんて分からないけど、
「最悪、結果が出なくても大丈夫」だからこそ
決心なんかしなくたって「結果にコミット」する自分になれるだろうし、
他人から見たら悲惨ぽい結末を迎えちゃったとしても、
そうやって自分が選んだ人となら、
「アカンかったねえ」って2人で最後に笑えるんじゃないかな。
以上!